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2005.08.06 平和
戦争について書いてみたから、今度は平和について書いてみよう。

平和

一般的には、平和とは、戦争などの混乱状態と対極に位置する状態で、人間が、互いの秩序を保っていられる状態。
政治、法、思想的に言えば、平和主義をさす。

人が文化的に生活するには平和は必須事項であり、大半の人が望んでいることである。しかし実際には個人・団体・国家間の利害の衝突やイデオロギー、宗教の相違を原因として崩されている。
よって、人が人である以上、世界平和は不可能であるという話もある。

平和への方法論としては、いくつかある。
・強力な支配者の下に秩序を保つ方法。
・各人、各国がお互いの独立と権利を尊重しあう方法。
この2つが主要な方法になっている。

前者の実例としては、ローマ帝国が地中海世界で実現しようとしたパスク・ロマーナがある。
これを模倣しようとしているのが今のアメリカの行動とも言われている。
今現在、基本的に後者を目標に国連を主軸し、行動しているものとされている。

憲法学の解釈として「武力による平和」と「武力なき平和」とがある。
武力による平和は、国家の持つ武力を「反乱分子を鎮圧するための必要悪」とし、国家が最低限の武力を持つことを許され、またそれを必要に応じて行使することで平和を保とうという考え方。
武力なき平和は、「武力があるから戦いが起こる」とし、すべての人々が一斉に武力を放棄することで平和を保とうという考え方である。

主義的なことを言えば、平和主義には2つの主義がある。
「絶対平和主義」と「自衛権は持つ平和主義」である。
この2つは侵略戦争に反対し、自衛とはみなされない先制攻撃を否定することは間違いない。

絶対平和主義は、攻撃を受けた場合も非暴力的抵抗以外のすべての抵抗手段を放棄する立場になる。したがって、すべての自衛権および自衛のためを含むすべての軍備を放棄するとこが主張される。

自衛権は持つ平和主義は、正当防衛、または緊急避難を正当な権利として認め、自衛のために軍隊を持つ。しかしこの場合においても自衛権の行使は厳しく制限を受ける。また自衛のために保持する戦力は、他国に対する威嚇や挑発を目的としてはならない。
日本はどちらかというと、こちらにあたる行動を示している。

あと例外として、念仏平和主義というものがあるらしい。
これはあたかも念仏のごとく「平和、平和、平和」と唱えていれば平和になると信じる戦後日本の風潮を皮肉った言葉であるそうだ。




平和の定義の一元化は難しい。
個々にいろんな解釈があり、どうすればそうなるのかという方法も多種多様にあるだろう。
どこまで行けば、平和になるのかということもよくわからないし。
国家間ののみの平和を突き詰めていけば上のようになるだろうが。
そうなると、国民ができることはそうなくなるだろう。
今の政治家のやっていることはいったい何を主軸にしているものかも分からない平和を突き進めているし。

平和にもいろいろあると思うが、個人でやれることには何があるだろうか。
被爆者や戦争体験者は、その体験をもとに話を受け継がせることで、戦争の悲惨さえ、戦争の無意味さなどを訴えている。
それらを受け継ぐことで、戦争回避に繋がることになるのかな。
戦争を知らない世代が、戦争反対だとただ言っても、あまり効果はないかもしれないが。
平和しか知らないなら、戦争を語るなということもあるし。
知識でしか知らないが、体験したくないからこそできることがあればいいなと思うのだが。

よく分からなくなったからこれで終了。







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