上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005.08.04 戦争
原爆投下日や終戦記念日が近づいてきている。
ので、ちょっと戦争について書いてみる。

戦争

 国家(あるいは国家群)の問題解決のために、軍事力、武力を単独あるいは集団的に行使して、自国の意志を成し遂げようとする行為や状態。
国際法上の戦争の定義から外れるものを、武力紛争と呼ぶことも多い。
国際法上交戦主体は国家のみ。
戦争の当事者となる権利を交戦権と呼び、ジュネーブ条約等の国際法で規定されている。

戦争は大きく分けて3つ、侵略戦争、自衛戦争、制裁戦争に類別されるが、これは当事者の主観が入り、厳然とした類別は不可能。

戦争目的は、主権を守る、覇権を争う、利権を争う、主義・宗教を争う、国内権力を争う、植民地を争う、略奪するなどがある。
現代においては、植民地の争奪や略奪戦争は一応姿を消している。

現代において国家間の紛争などについて国連憲章などの一定の規定を設けている。
国連憲章は、自衛の場合、国連決議によって定められた場合、地域的取極や機関などによる強制行動としての武力行使などは認めている。
あと戦争行為などの過程で行ってはならないことがハーグ陸戦条約で明確にされ、捕虜や傷病兵、民間人などに対する事などをジュネーヴ条約などで定めている。
しかし、これらが完全に機能しているとはいえない。
戦争にはいくつかの理由があり、意味もなくそれを行うものはいないだろう。
民族紛争などは、ほとんど価値観の相違によって行われている。
これらを解決するにはかなりの労力が必要であり、内部からお互いの価値観が分かるものが出ない限り解決は難しい状態である。
幾度となく歩み寄りは行われてきたが、途切れるものが多い。

戦争はお金になる。
確かにそうなのかもしれないが、戦争の最中の戦争景気は長く続かない。
負けても勝っても終わった後のほうが景気は悪くなることが多い。
戦争をした時点で、それにかかる費用は莫大なものとなり、下手をすると無駄に国債を抱えてしまうだろう。
どちらかというと、冷戦時代の技術合戦での方がかなりの好景気だったような気がするが。
幾度かの軍縮会議をしたとはいえ、各国の技術力の向上はなされていたのだから。抑止のためと名目を打ちながら。

「戦争は、政治の延長である」
プロイセンの陸軍将校・軍事理論家、カール・フォン・クラウゼヴィッツの言葉である。
現代の国家間の戦争は大概、これに含まれるはずである。
自分たちが文化人というのならば。
だからこそ戦争は外交上の最終手段として使われるべきであると思う。
すべてが武力行使によっては解決するとは思わないし。

戦争は人類の歴史そのものとも言われている。
まあ、確かにそうだろう。
地球すべてに戦争というか争いがない時はなかったのだから。
先進国と呼ばれる国のほとんどは発展途上国や民族紛争に手出ししなければ、戦争は起こりにくいはずであると思うのだが。無理か。

今現在テロ戦争と呼ばれているものは、宗教と利権の対立が具現化したものだろう。これを防ぐにはイスラム原理主義者の教徒などの意識改革がなされぬ限り無理だろう。多分。

戦争の解決で一番良いのは第三者的立場の仲介による和平なのだが、それをなせる人物、団体はあまりいない。国連は今の状態ではあまり役に立たない。

戦争の反対は絶対であり、憲法の9条の改正も好ましいものではない。
自衛権の行使とはいえ、あまり武器を持ってもらいたくないのは戦争はすべて間違っていると教えられ、自分たちは銃などを持っている必要がない世界にいるからなのだろうか。
今、北朝鮮などの脅威があるためとはいえ、武器を持たなければ理由にはあまりならない。国際関係を強調するというならなおさらであろう。

銃を持ち、相手を撃つことは自分が相手の持つ銃で撃たれることを覚悟すべきである。多分正しいと思う言葉。

よくわからなくなって来たのでこれまで。



5問クリアしてiPod Shuffleを当てよう!

エーハチネットGOGO!5周年キャンペーン


スポンサーサイト

Secret

TrackBackURL
→http://bxneko.blog12.fc2.com/tb.php/63-c8bb5ad8
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。