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PCの調子がおかしい。昨日も書けなかったし。
もう寿命かな。しかし5年でだめになるものか。暑さでだめになったか。
まあ、ほっといて。
女帝つながりで、エリザベス1世のことでも書いてみよう。





エリザベス1世 
 Elizabeth Ⅰ


生没年:1533年9月7日~1603年3月24日
在位:1558年~1603年
イングランドチューダー朝4代目、最後の王。


父:ヘンリー8世
 チューダー朝2代目の王。1509年即位。1534年アン・ブリーンと結婚するために、王妃キャサリンとの離婚を教皇庁に要請したが、ローマ皇帝カール5世の横槍で許可が下りず、ローマ教皇庁と断絶。英国国教会を樹立。また修道院を解散。妃を代えること6人。王権を強化、海軍を育成。イギリス絶対君主制を確立。


母:アン・ブーリン
駐フランス大使トーマス・ブーリンとエリザベス・ハワードとの間に二女として生まれる。父の職業柄、フランス宮廷で教育を受け、帰国。
ヘンリー8世に求婚される。男子の王位継承者を切望していたヘンリーー8世はキャサリンと離婚し、アン・ブーリンと結婚。
が生まれたのは女子だったため愛情は薄れ、次の王妃を立てるため、不義密通を行なったとして、反逆罪に問われ、ロンドン塔にて斬首刑。
元、王妃キャサリン・オブ・アラゴンの侍女ともいわれている。


異母姉:メアリー1世
最初の王妃キャサリンの子。1553年即位。よくスペイン皇太子(後のフェリーペ2世)と結婚。カトリックへの回帰を宣言してプロテスタントを迫害した。「血のメアリー」と呼ばれた。


異母弟:エドワード6世
3番目の王妃ジェーン・シーモア。1547年ヘンリーの死に伴い9歳で即位。若年のため、サマセット公エドワード・シーモア(王母ジェーン・シーモアの兄)、ノーサンバランド公ジョーン・ダッドレーらが摂政として実験を握った。過激なプロテスタント優遇政策を取った。




ヘンリー8世の政策を踏襲し「国王至上法」を発布、「礼拝統一法」によって英国国教会の体制を確立。
1569年、カトリックを信仰する北部諸侯の乱を鎮圧。
1570年、教皇ピウス5世より正式に破門を宣告。
産業・貿易の充実により国家の富強をはかり、治世四十五年に輝かしいエリザベス朝時代を現出、多くの文人が輩出。
1587年、英国王位を主張していたスコットランド女王メアリー・スチュアートを女王暗殺未遂の容疑で逮捕、処刑。
オランダ独立を支援。
88年スペインの無敵艦隊を撃滅。
晩年は、「囲い込み」によって発生した大量の難民に対処できず、発布した「貧民救済法」も効果が無かった。
また、対スペインやアイルランドの反乱鎮圧のために軍事費が増大し、社会不安を増加。
逼迫した財政立て直しの為独占許可状を乱発しようとするも、議会の猛反対にあい、やむなく撤回。
1603年3月、後継者に遠縁に当たるスコットランド王ジェームス6世(メアリー・スチュアートの息子)を指名し、崩御。





幼少期、母親は処刑されるも王位継承権は持っていたためヘンリー8世の6番目の妃であるキャサリン・パーからメアリー、エドワードらと共に教育を受けている。
エリザベスは学問の際に優れ、ラテン語、ギリシア語、フランス語、イタリア語を流暢に話せたという。


王女が15歳のとき初恋の相手である海軍卿トマス・シーモアが彼女との噂が元で義弟エドワード6世の手によって反逆罪で処刑。
ギアね、メアリーが女王になったとき、エリザベス自身も反逆罪で逮捕され、ロンドン塔に送られた。
このときに王位継承権は、剥奪されたとも言われている。
が、処刑前にメアリーが病死。
王位がエリザベスの元に転がり込んだ。


内政面では中産階級を積極的に登用。
資本主義の誕生期に多くの立法をもって対処し、「楽しきイングランド」と謳歌される繁栄期をもたらす。


適齢期、結婚という問題が起こった。
義兄であるスペイン王フィリッペ2世、神聖ローマ皇帝、フランス王子などの求婚者があった。
結婚が一国の君主にとってどんな意味を持つか、知っていたため、24年間に渡り列強の君主達の求婚を逆手にとって翻弄していた。


エリザベスは私拿捕船(海賊船)を保護し、ホーキンスやドレークらを援助。私拿捕船は、スペイン植民地との密貿易を行い、スペイン船籍などを襲撃して巨利を得た。
1588年スペインの無敵艦隊(指揮官:メディナ・シドニア公)の侵攻を受けた。
スペインアルマダ 軍艦131隻、兵員2万4000。
対するイングランド 長射程砲搭載の小型艇197隻。
英国の艦隊は必ずしも磐石ではなかったが、軽快な小型艦と威力ある大砲を操り大勝利を収めた。
スペイン艦隊は嵐にも巻き込まれ、スペインに戻ることが出来た軍艦はほとんど無かった。
以後スペインに変わり、イングランドが世界貿易を一手に握るようになっていった。


一生独身であったため書女王と呼ばれるが、レスター伯ロバート・ダドリー、エセックス伯ロバート・デヴァルー(この二人は義理の親子らしい)などの愛人はいた。
特にダドリーとは、一時結婚まで考えたが、彼の妻エイミーが階段から落ち死亡する事件が起こり、ダドリーとの共謀説が流れたために断念。
エセックス伯は1601年、エリザベスに対し反逆を起こし、処刑。


幼少期はメアリーから、即位後もカトリック勢力から、等よく暗殺者に狙われている。
反逆罪での処刑回数も多い。
それなりに闇の部分が多い時代がイングランドに繁栄をもたらした事は間違いない。


映画のエリザベスは即位してすぐらへんの話。
取り方が暗く人の区別がつきにくかったが、まあ面白い作品。
時代背景にあわせるとああなるだろう、多分。
歴史嫌いには取っ掛かりにくいだろうと思う。
謀略、策略などの駆け引きがすごい作品。








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