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2006.02.02 高倉天皇
後白河院の子で安徳天皇の父であった高倉天皇について書いてみる。
後白河院と平清盛の間に挟まれ印象の薄い天皇であった。
そのかわりというか、女性関係でのエピソードが多いような気がするのはなぜだろうな。

憲仁親王

生没年:1161年~1181年
在位:1168年~1180年、第80代高倉天皇

父:後白河院
母:平滋子

1161年、後白河院と二条天皇の諍いの最中に生まれる。後白河法皇の滋子への寵愛は深く皇位継承者として目されることになった。
憲仁親王の立太子を謀り、母・滋子の兄・時忠が流罪となる事件が起こる。
1165年、親王宣下をうける。六条摂政邸(藤原基実邸)で平盛子が養育したという。
1167年、二条天皇が没し、病弱な六条天皇が即位すると後白河法皇より皇太子となる。
1168年、8歳で即位するが、後白河法皇の院政下により実権はなかった。
しかし時はあたかも平清盛の勢威が最盛期を迎えていた為、ただの虚位を擁するに過ぎなかったという。
法皇と清盛の対立が激しくなり始め、鹿ケ谷の陰謀事件が起こる。
1179年、治承のクーデターによって後白河法皇が鳥羽院に幽閉される。
これを深く憂いたという。
1180年、安徳天皇へ譲位する。
名目的ながら院政を行った。晩年には清盛に抗い自分の意思を通す面もあったという。
1181年、健康を害し21歳の若さで没する。
憲仁親王は学を藤原頼業に受け、笛を藤原実国に学んで妙を極めた。
しばしば侍臣を清涼殿に集め詩を賦し、笛を興じたという。



中宮:平徳子[建礼門院]
 平清盛の次女。壇ノ浦で安徳天皇と共に入水するが救助された。


女院:藤原殖子[七条院]
 修理大夫・坊門信隆の娘。
 初め兵衛督君と言って中宮徳子に仕えた云う。
 天皇に召され、典侍に任じられ、守貞親王、尊成親王を生んだ。
 平家の都落ちに際し、安徳天皇の代わりに新帝を立てることとなったが、守貞親王は平家と共に西国へ下り、後白河法皇の意向により尊成親王が践祚し後鳥羽天皇となった。
 1190年、天皇母儀として従三位に叙位、准三后。ついで女院となり七条院と号した。
 八条院の先例に従い、臣下としては立后なき准三后からの女院号宣下の初例となった。
 すでに没していた父・信隆には左大臣従一位が贈られ、母もまた正一位を追贈した。
 殿上の慣例に慣れてくると積極的に抗議の場に臨み、謙譲の心が乏しいと非難を浴びたという。
 承久の乱により、後鳥羽上皇の院政は停止され、仲恭天皇の廃位、土御門・順徳両上皇等の配流が定まる。
 代わって即位した後堀川天皇は守貞親王の子であり、守貞親王は幕府より託され後高倉院の称号を得て院政を敷いたため、治天の君たる上皇の母の身分は変わらなかった。

准三后:藤原通子
 関白太政大臣・藤原基実の娘。
 1177年ごろ、非公式に入内する。
 言仁親王の生誕後に准母となり、従三位に叙位される。

妃:
藤原公子
 右近衛少将・藤原公重の娘。
 帥局と称された。高倉天皇の乳母。
 高倉天皇15歳のとき、皇女を産む。
 乳母として天皇に閨房を教え、同衾するうちに懐妊したという。
 功子内親王は天皇の第一子だが、当時でも醜聞に近いという。
 里邸にて別の男性と通じ、流産により死去したという。

藤原成子[小督局]
 権中納言・藤原成範の娘。
 元女房であり、宮廷に並ぶものなしと噂された美人であり、また琴の名手であったという。
 藤原隆房の恋人であったが、高倉天皇に召され、その寵愛を受けるようになった。
 しかし、隆房も高倉天皇も清盛の娘婿であったため清盛の怒りに触れた小督は嵯峨野に身を隠した。
 悲嘆にくれた高倉天皇から小督を探すよう依頼された源仲国は、琴の音を頼りに小督を探し出します。
 仲国に諭され隠れるように宮中へ戻り、再び高倉天皇より寵愛を受けるようになった。
 しかし、徳子よりも先に子を宿したことが清盛の怒りを更に買い、小督は皇女出産後、無理やり出家させられ追放されたという。
 こうした心労が重なった高倉天皇は病気になり崩御したとも云われている。

典侍:藤原豊子
 参議・堀川頼定の娘。
 内裏女房。按察典侍と称された。

掌侍:平範子
 宮内少輔・平義輔の娘。
 皇子を産み掌侍に任じられ、少将内侍と称された。



子:
功子内親王   生没年:1176年~?     斎宮
範子内親王   生没年:1177年~1210年 坊門院、斎院、土御門天皇准母
言仁親王    生没年:1178年~1185年 安徳天皇
惟明親王    生没年:1179年~1223年 後高倉院、後堀川天皇実父
潔子内親王   生没年:1179年~?     斎宮
尊成親王    生没年:1180年~1239年 後鳥羽天皇
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