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後白河院の出家した皇子等、母親の身分が低いためのようである。
寺内部では後白河の兄弟が後ろ盾となっている。

円慧法親王       生没年:1152年~1183年
 母は坊門局。八条宮と号した。龍雲坊阿闍梨。
 1168年、道恵法親王の譲りを受け、四天王寺別当に任じられる。
 また蓮華王院別当に補す。
 1179年、三部大法職位を行乗法印を受ける。
 1183年、源義仲の法十寺攻めのとき殺害された。

定恵法親王       生没年:1156年~1196年
 母は坊門局。
 初め法輪院、のち平等院へ。園城寺三十七世。
 1178年、大僧正・真円を投拝する。
 また大宝院に受職灌頂を受ける。
 
権僧正 恒恵      生没年:1159年~1206年
 母は坊門局。
 園城寺、法輪寺、僧正。土御門院護持僧。
 1181年、道勝僧正により受職灌頂を受ける。
静恵法親王       生没年:1164年~1203年
 母は坊門局。
 聖護院法親王。園城寺三十七世。
 1184年、大僧正・真円より阿闍梨灌頂を受ける。

道法法親王       生没年:1166年~1214年  
 母は源氏 仁和寺

承仁法親王       生没年:1169年~1197年
  母は源氏 梶井宮、天台座主
 1195年、後鳥羽天皇の護持僧。
 1196年、天台座主。
 1197年、天台座主辞職、後逝去。

真禎
 母は三条局。
 仁和寺に入り、のち広隆寺別当となる。大僧都。
 太秦宮と号した。
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